今回町歩きに選んだのは県西部の市町村で、都市化の勢いがそれほど押し寄せていない地域である。東海道線大磯駅に集合、東海道を西に走ると「箱根駅伝」の中継でも有名な松並木。左手には「明治記念大磯庭園」として整備中の大熊重信、陸奥宗光邸、さらに旧伊藤博文邸の「滄浪閣」(復元工事中)、さらに旧吉田茂邸が続く。明治期の重鎮達がこよなく愛した海辺の別荘が今後大磯町にとどまらず県の大きな財産になるであろう。
さて我々は東海道を離れて山の方へと向かって進み、新幹線を潜って大磯町寺坂で途中下車した。ここでは今回の案内役である小生が数年前に手掛けた民家再生の仕事を見て頂いた。元は茅葺の農家を再生したもので、戦後その茅を落として平屋となっていた屋根を再び元の屋根の形に戻した再生工事である。茅葺農家の点在が創りだす里山の景観を残したいとの設計者の思いを若い建主が受け止めてくれたのであった。その日は外観だけの見学で残念であった。
次に向かったのは平塚市の西方の山間にある土屋の「原家住宅」である。原家はこの地の旧家で数年前に故有って有形文化財への登録業務を依頼された建物である。敷地は広大で母屋の他に別棟の蔵、茶室、長屋門(移築されたもの)離れ、などが点在している。それらを巡りながら今後ここを活用しながら維持していく方法は無いものかと考えている。
原家を出て山道を下って隣の中井町の江戸民具街道」を訪れた。ここは個人が収集した民具の博物館で以前から気になっていて今回が初めての訪問であった。この施設の設立者は明治初期に我が国を訪れた米国人の動物学者E・S・モースの書き記した名著「日本の住まい」に登場する当時の日本人の生活に興味を持った建築士(後に施工会社を経営)。彼が長年かけて収集したコレクションを系統的に展示していて、特に「灯り」道具の数と多彩さには圧倒される。蝋燭、油、アセチレン、ガス、電気へと文明化された灯りの変遷を見られるのは嬉しい。しかも使用可能なまでに修復されていて実際に点灯しているのだ。
最後に一行は中井町中央公園でランチした後散会。一部は秦野市の筆者の友人建築家宅を訪れて伝統木構造で設計した家で旧交を深めた。こうして慌ただしかったが充実したツアーは終わったのであった。
記 大沢匠